La.系ぶろぐ

個人的いろいろメモ。シャープペンのメモにちょっぴりゲ○ツの悪口が混じってるただのチラ裏。

すべては無限の大きさを持つのはなんでなんだぜ?

例えば、ある長さ(の線分)が存在するとします。
これは、何回でも分割できます。
無限に分割できる、ってことは無限の長さを持ちますね、というのはゼノンの逆理ですね。

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意識と時間の流れ

昨日の続きかも。

例えば、理想意識、って物を考えてみる。
この理想、って理想気体とか言われるアレで、
意識、の作用は色々あると思うけど、
ひとまず、取得した(内外関わらない)情報を、内界に蓄える作用、と考える。
この際、取得した情報は忘却しない物とする。
(だから、理想状態の意識)

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時間と存在的な何か

まじめに哲学をお勉強してる人は読まないでください。
所詮プログラマの戯れ言なので。
しかし、ハイデガーの一番の功績は、このタイトルを考えたことじゃないかな、と思ってみたり。
さておき。

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本当に大切なことは、決して言葉にすることは出来ない。

最近バイオレットエバーガーデン見たからとか、
AI VS. 教科書が読めない子供たちを読んで感化されたから、っちゃそれまでなのですが。

例えば、コンピューターの言語って命令記述的なんですよね。
(逐次実行型の場合で、関数型とかちょっと違うのですが)
で、今時の言語は、命令を体言化できる。
だから、実行のログを取ることが出来るし、あるいは実行列を加工することも出来る。
突き詰めていくと、自省的なプログラムが出来る、と考えることが出来ます。

では、人間の場合はどうか。
まあ、自然言語になるわけですが、基本的には言語は現象記述的ですよね。
もちろん、文型も色々あるし、命令文もある。
でも、基本的には自分の考えていることを情報として表現して、誰かに伝える。
命令形だとしても、それを実行に移すかどうかは基本的に相手次第なわけです。

さて。
こう考えていくと、私たちの使う言葉に、命令実行的な、
即ち、即効的な作用のある言葉は存在しないのでしょうか。

例えば、
「私は友人を失った。悲しかった」
と書いてあったとします。
読んだ人は、(今この瞬間を想起していただくとして)
「私」が「悲しいのだ」と情報として受け取ったとしても、
「悲しい」という気持ちを共有することは無いと思います。
(よほど感受性が豊かとか、想像力が激しい人はともかくとして)

なら、私が読み手に悲しいという感情を伝えること、
あるいは読み手を悲しませることは出来ないでしょうか?
そんなことはもちろん無いですね。
(まあ、文才があるか、という問題がありそうですが;)
物語的に文章を書き、感情移入を促して、そこで悲しい話を書けば、
おそらくは、その「悲しい」という感情を伝える、
あるいは意図通りに悲しいという感情を作ることが出来るわけです。

しかし、その場合、
「悲しい」という感情を促すのに、私たちはどれだけの言葉を使えば良いのか、
どの言葉を使えば、確実に相手に悲しいという感情を発生させられるのか。
実際には、それは人によって異なるし、
どんなに名作と言われるような悲劇であっても、全ての人に悲しい、と感じさせることは不可能かも知れない。

まして、その感情を一言にして、
確実に伝えることはおそらく不可能なわけです。

コンピューターの言語を作ったりすると出てくる疑問の、自然言語との違いとか、
あるいは、人間の思考と、コンピューターの、今あるような人工知能(というより人工無能?)の思考の違いとか、
こういうことを考えると、大体、「理解って何?」って話に落ちるのですが、
そもそも、人間には大抵生じる「感情」って何、とか、AIはそれをくみ取ることは出来る(必然性がある)の?とか。
そう考えていくと、確かにこの辺はまだ隔たりがあるのかな……という気はします。


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C言語は何で書かれてる?

ラノベを書きたくて、ふと思い立ってフッサールを読んでみたんです。
まーしかし、あれだね。
哲学系の本ってなんであんなに難しく書いてあるんだろうね。
もう少しこう……ヒルベルトみたいに解りやすく書いてくれよん、と思うのですが。

しかし、その辺の文章を読んでいて、ふと、
C言語って最初何で書かれてた?って話を思い出したのです。

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