La.系ぶろぐ

個人的いろいろメモ。シャープペンのメモにちょっぴりゲ○ツの悪口が混じってるただのチラ裏。

ソフトウェアの特許と汎用性

アップルとHTC、天上界の戦いが凄いことに
うーん、この手の特許ネタを見るとイラッとするのですが、

アップルの対HTC訴訟における特許を分析する(1)
当時画期的だったとドヤ顔で(いや違うってw)言われても困ってしまうのは、別にそのアイデアが先進的じゃないから、って訳じゃないのです。

てか、この特許の場合、曲解かも知れませんが「grepでURLと電話番号を検索して別の色でハイライトする」だけで特許に引っかかりませんかね?
コンピュータはそもそも強力な抽象化で機能を発展させてきたので、具象的な機能でいちいち特許を取られると、抽象化自体が機能しなくなってしまうのです。

昔、Windows2000の頃にgif問題があって、WindowsのエクスプローラはgifのライブラリをDLLで呼び出すから、シェルを利用するアプリはすべて使用料を請求される、なんてネタがありましたが(ほんとかどうかは知りませんwまあ、請求はされなかったでしょうけど)プログラムの機能が強力になり、抽象度が増す度に、特許を有する機能を隔離しにくくなり、結果的に特許侵害せずにプログラムすることが困難になっていきます。

最近は不正指令電磁的記録罪(コンピュータウイルス罪)なんかもあって、プログラマって免許制になるんじゃね?なんて話にもなってきますが、そもそも、特許問題で保身を考えないと書けないような時代が来るかも知れません。そうなると、ある意味ウイルス罪より厄介でしょうね。どちらかというと免許と言うより弁護士(これも免許か?w)レベルでのスキルが必要とされるでしょうから。

ああ、むちゃくちゃ強力な抽象化能力を持つ万能プログラム言語を作って、ほとんどのプログラム特許を無効化してやりたい、とか夢想しますが、厨二病乙って感じでしょうかねw

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ゲームのバブルと観鈴ちん?

ゲームのフリーミアム化について本音を書いておくか。
この辺読んでから、『「ヒットする」のゲームデザイン』を読んでふと思ったこと。
あ、時系列逆か?でも、ブログのネタは最近とみに言われてることだし。
てか、本のほうはまだ頭しか読んでないけど。

いや、自分もフリー系のゲームってどうよ?とは思うのですが、
でも、客観的に見て、実はゲームってバブルが終わってるだけなのかも?とシリアスに思わされたり。

本のほうで、ゲームの客層を冷静に分類されてるわけです。ゲームについてくる(宣伝しなくても買ってくれて、中身を評価してくれる)のはコア層のみで、でもそれは「パイ」としてはあまり大きくない。
カジュアル層は、そんなコアゲーマーの評価に左右されてついてくる。でも彼らが一番プレイヤー人数としては大きい。
(本の分類では、実は三層なのですが、まあ省略して)

ゲームを作ってるほうとしては、コアゲーマーに請求するゲームを作りたいし、彼らの反応がモチベーションに直結する。
でも、儲けに直結するのはカジュアル層。
で、無料ゲーにカジュアル層を持っていかれてしまったと。

シビアに言っちゃえば、要するにカジュアル層って、「銭の種」だから相手にしていたわけで、(とはいえ、彼らを満足させるために心を尽くしていたわけですが)それを抱え込んでいた時点でバブルなんですよね。
だって、彼らは「ゲームをしたい」とはそんなに強く思っていなかったのでしょうし。
だから、無料ゲーに持っていかれても仕方ない、という気もするのです。外野から、冷静に見れば。

でも、ちょっと釈然としない気もする。彼らを客として取り込んでいる限りは、市場は大きく広がって、開発予算だって大きく使えていたわけで。それをあきらめるのはかなり厳しい。
コア層だけで市場を支えるのは難しくて、さもなければパトロンでも作らないといけないんだろうけど、今の時代ではそれも難しい。

だけど、それって……ほかの(コンテンツ)産業に関してもいえることかもしれない。
たとえば、最近斜陽といわれる音楽市場とか、あるいは映画とか、漫画とか、……あ、もしかしてコンピュータ(CPU)すらそうなのかも。

そもそも、コンテンツといわれるものは、元来それに価値を感じる人が代償を払うべきものなのでしょうけど、
そういう意味では、カジュアル層のプレイヤーはそこ(定価)までの価値を感じていないのでしょう。
あるいはCDとかでも、一部の層以外では高すぎると感じてしまうのかもしれない。
たとえばアイドルのシングルとか、ファンだけ高く売りつけるとかできないしw(だからブロマイドとか売るわけで)
って考えると、AIRの観鈴ちん思い出しちゃいますね。自分を支えてくれるファンに、ほかより高く売りつけないといけない因果となってしまっては。

だから、ファン(コア層)、カジュアル層関係なく(高く)売れるシステムは美味しいわけです。ファンに反感を買うことなく、市場を大きくできるわけで。
カジュアル層に受けを狙うために作り手は少し我慢しないといけないけど、開発資金は潤沢に得られるし。
だけど、それはカジュアル層に矛盾を強いているシステムだったわけで、
無料ゲーはそこを突いてしまった訳です。

そう考えるとバブルというのは本当に怖いです。
それがなければ、身の程をわきまえていれば、そのまま順当に進歩していられたかもしれないけど、
一度「それ」を知ってしまった以上、元の鞘には戻れない。
技術の進歩にはついていかないといけないけど、中身がなくなってしまう。
って、昔から散々言われてはいましたけどね。ハードが爆発的に進化するたびに。

まあ、そうは言っても今正念場に差し掛かっていて、オワコンになるか否かの分水嶺なのかもしれません。
いや、あるいは昔からあるそれと同じように、瑣末なこととして、通過点として過ぎてしまうのかも。

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嘘と比喩の境目

雑誌「クロワッサン」の「放射線によって傷ついた遺伝子は子孫に伝わる」という文言が話題に

んー、これが例えば
「1+1は3にも4にもなるんです!」
って話なら、みんな一笑に付して終わると思うんです。
どっちも事実に反することには変わらないと思うのですが。

これがどうして問題になるかと言えば、
1)常識、と言うほど皆が当たり前に持っている知識ではない
2)受け取り方によっては人種差別的に映る(言ってる本人?は加害者への非難でしょうけど、被害者への差別表現にもなりますよね)
ってとこでしょうか。

表現の自由と言えばそうだし、嘘を教えるなと言えばやっぱりそうなんだとは思いますが、
線引きは難しいですね。
とは言え、これに関しては後者の見方も出来るので、やっぱり迂闊な表現、って事なのでしょうが。

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