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La.系ぶろぐ

個人的いろいろメモ。シャープペンのメモにちょっぴりゲ○ツの悪口が混じってるただのチラ裏。

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すべては無限の大きさを持つのはなんでなんだぜ?

例えば、ある長さ(の線分)が存在するとします。
これは、何回でも分割できます。
無限に分割できる、ってことは無限の長さを持ちますね、というのはゼノンの逆理ですね。

まー、さて、これが数学的にどうなのよ、というのは置いておいて。
(長さの定義の話になっちゃうので)

しかし、なんで「何回でも分割できる」ってしちゃうのか。
現実には、ある大きさ、が無限に分割できるなんて事はあり得ません。
物差しだって、分割していけば、分子になっちゃうし、原子になっちゃうし、素粒子になっちゃうし、あるいはプランク長になっちゃうし、
で勘弁して、ってなります。
でも、論理的には、用意された大きさをまず、単位で示すなんて事はしません。
だから、違う大きさの物でも同じ論理で扱うことが出来る。
逆に言えば、任意に(何でも来い!って)扱う物の大きさの絶対値なんて示せないわけです。

もちろん、この論理、っていうのは同時に幾何学でもあり、
だからこそ(違う大きさを一緒くたに扱うルーズさのおかげで)建物の大きさとか、天体の大きさとかを、同じ理屈を用いて、相似などで求めたり出来たわけです。

でも、それならなんで、大きさは無限大になるのに、無限小にはならないのでしょう?

論理的に、あらゆる大きさは無限に分割できるのと同様、
あらゆる大きさは、無限に拡張(足し合わせる)事が出来るはずです。論理的には。

そして、現実的には無限小の大きさがないように、
現実的には無限大の大きさはありません。

ですから、分割も拡大も、現実的を含めて、完全に対称になっているはずなのです。
要するに、どんな大きさも無限小。
ゼノン的に言えば、どんな距離でも一瞬でたどり着く……になるのでしょうか。

でも、実際には、あまり話題にされないような気がします。
(ゼノンの逆理に、「大であり且つ小である」ってあるから、一応扱われてるのかも知れませんが)
我々は、ある大きさ、とそれを小さくしていく大きさはイメージできますが、
拡大していく大きさは、それが限界に近くなるほどの巨大さの場合、リアルにイメージできないので、
結局論理的にでも扱うのが難しいのかも知れません。


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